-----------------------------------------------------------------------

2004/5/26 輸入CD規制、コピーコントロール、ファイル交換ソフト問題について
by site manager Fukuchi

(本エッセイは終了します。ありがとうございました。)
-----------------------------------------------------------------------



昨今、音楽コンテンツの使用権を持つ者と消費者の間の摩擦が顕著である。
ジャズ的視点(←この意味自体が不明瞭だが 笑)
でこの問題を捉える。

対立する2者の実態を考える。

音楽コンテンツの使用権を持つ者
「大手レコード会社や著作権保護団体」

消費者
「音楽コンテンツの使用権を持つ者からモノを消費する人」

である。
例えば、独自のスタンスでつくったレーベル・そこで頑張るジャズユニットがあり
それを支援するメセナがいるとするならば、その者たちは
上記対立者の中には定義されないといっていいと思う。
要は契約者間につながる「ロマン」の有無だ。

草の根でオリジナリティのある生産的なことに従事し、支援することが
重要だ。そのマスが増えれば、必然的に今回のような問題は希薄になる。
ジャズミュージシャンもメジャーになればダメになる。
そのことは過去の事例から自明である。

別視点でみてみる。

著作権保護団体は自己の所管のコンテンツの商権を主張するものであり
所管内での「アーティスト」同士でのコンテンツの表現についての対立には組みしない感がある。
「アーティスト」もさらさら自己表現を守る意図よりは商権の確保に主眼がいくようだ。
売れない「アーティスト」はファイル共有ソフトでもいい、とにかく低コストでばらまきたがる。
売れだすと著作権保護団体に所属し商権を主張する。
これが芸術家といえるだろうか?
問題の起因は、巨大な集団に寄生しようとする「アーティスト」にある。
巨大な集団は「アーティスト」の需要に応えているだけである。

映画等は必然的に巨大なバックボーンが必要だから別の話だ。


-----------------------------------------------------------------------

2004/5/11 ジャズ喫茶-サンクチュアリ (その3) by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

ベイシー
(実感)
私は比較的、ものごとを俯瞰して文章を書いている「つもり」だが
もうこのサイトも自動消滅するので、思いっきり書いてみよう
僕が一番人格者だと思う店主がベイシー店主である。
東京から一人、バイクを走らせてベイシーに行ったことがある。
店主は有名人だから、店にいないだろうと思いながら店に入ったら
店主は執筆をしていた。店員に「東京から来ました。」というと
「マスターのところへどうぞ」。
感激した。名刺を交換した。シンプルな名刺であった。
長々と話をした後、「集中して聴かせてください」とまたリスニング
ルームでコルトレーンを聴いた。あの記憶は忘れない。

これは実話だが、ベイシーに入店したら真っ暗闇。
妙にドラムがうるさく、ここのシステムはどういうチューニングをしているのだ
と思って、鳥目から覚めたころ、そこにはレコードにあわせて
ドラムを叩く店主がいた....。

まさに伝説である。

なるほど、店にいかないと真実は見えてこないものだ
書籍だけだと
あまりピンとこないものだ
たしかにベイシーの音はでかかった。観光名所でも有名人のサロンでもない。

そういえば私は先日、@Grooveの前身、音楽館のサウンドに心酔する硬派ジャズファン
のマンションにお邪魔した。
朝4時に大音量。しかもファラオサンダースの「ライブ」である。
わたしは、ボサノバファンの友人とそこへ一緒に行ったのだが
うつろな彼の頭をひっぱたきたくなったのは言うまでもない。

追伸
@Grooveマスターは、オーディオシステムを後世に託しました。数年後をおたのしみに。


-----------------------------------------------------------------------

2004/4/22 ジャズ喫茶-サンクチュアリ (その2) by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

マイルス
(実感)
わたしのもつジャズ喫茶の定義とは
・ハードバップを主体にかける
・珈琲にこだわりがある
・音にこだわりがある
以上である。
わたしはジャズ茶房マイルスの珈琲が好きなのである。
ホワイトを一杯飲んだ後、珈琲を頼むである。
60年代の質感がそのまま息づいているのである。
あと、かかるハードバップのクオリティが半端じゃないのである。
あまり凄くて業界の人が無視せざるを得ないのである。
以前のエッセイにも書いたがママは強烈な論者であったらしい。
おそらくジャズ喫茶店主群の中でも最上位論者であろう。
安保の時代、革命戦士だった方は、概ね温和になっているが
ママは革命系ではなく、芸術一筋の人であった。
そういう系統の方々は総じてマインドセットに一貫性があるものだ。

妙に思いいれがあるのでここ3年位行っていない。
ママは元気だろうか?
Webサイト-ジャズ協同組合をチェックしてみようかな?
マイルスを快くアップしてくれた組合長も元気かな? 


メグ
(実感)
メグはマイルスである。
メグは時代の空気を吸っている。

わたしは下っ端時代、横浜の戸塚からメグに通っていた時期があった
日曜日とかズドーっと破れたソファーに沈み込み
「このまま消えてしまいたいなー」といつでも思っていた。

僕も日本人だが日本人はみんな権威主義である。
寺嶋靖国氏の文書スタイルはアンチ権威であるが、今現在もっとそれが
日本人にとっての権威の対象足りうるスタイルである。
それが今、結果としてあらわれている。だれが見ても一目瞭然だ。

後世の為に必死になってリソースを守り抜いた
殉教者@Grooveはほとんど論外。
まあこれが現実か。

ライブハウスになってほとんど行っていないが
スタッフの方々はいい人ばかりである。
番頭さんとはいつも話しをする。

-----------------------------------------------------------------------

2004/4/13 ジャズ喫茶-サンクチュアリ (その1) by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

アイリス
(実感)
新しい店にしては熟成された空間。だれもがこんな居間に住みたいと
思えるスペース。マイナスイオンである。モンベルのサテライトショップと
間違えてもいい。
店主とお話をさせていただいたが、おそらくジャズ喫茶で鳴らすオーディオというもの
を総合的に把握できる第一人者の一人であろう。
練りこまれた風合いのサウンドである。木の質感が音にも染み込まれている。
これからも通うことであろう。
4345をONKYOのパワーでドライブしている
ツイーター外だしも効果覿面。

いーぐる
(実感)
平日聴こえてくる選曲は極上である。アルバイターではなく店主が統制している。
私はいーぐる店主の言説で、ジャズの本質やそれに付帯する質感を得た。
いーぐる連続特集(レコードコンサート)が隔週土曜日に行われている。
わたしはおそらく店主自らが毎週講演していた時代のもっと出席率が高い男であろう。
わたしの講演の評価軸は確信性の尺度である。5W1Hはどうでもいい。
事実関係を把握するのならレナードフェザーの百科事典をお勧めする。
今の特集には通っていない。、ただし店主以外でも感動した講演者も何人かいる。
特にいうと、山下泰司氏の講演だ。
強烈なサムシング・エルスを感じた。一つの季節を感じた。
あのときのカークのミンガス・グリフソングの記憶は鮮明だ。
杉田宏樹氏も好みだが、いささか抑制的で官僚的ではある。
ジャズ評論は知識量ではない。「実」体験談である。
あと、これは前述のアイリス店主から授かった情報であるが
いーぐるはCDプレーヤーをいち早く導入した先鋭的なジャズ喫茶である。
当時コバカにされてた、CDを勇気をもって導入したイノベーターである。
イノベーターはとかく損をするが、メーカーの技術者達のメセナでもあるのだ。
普遍性(落ち着きある室内等)と革新性のリスク(メディア・インフラ)
のバランスを完全にコントロールしている極めてロジカルな店である。

-----------------------------------------------------------------------

道玄坂・硬派ジャズ喫茶の終焉 2004/3/2 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

わたしはジャズ喫茶たちの終焉をよく目にしてきた。
まさか自分が参画させてもらったジャズ喫茶もこうなるとは思わなかった。
@Grooveは今月終了する。
ただ@Grooveはためらいなく堂々と閉店日を提示する。
これは最期迄のジャズファンへの気持ちだ。
少しでも多くの人にこの事実が伝わればいいと思う。

道玄坂はかつてジャズ喫茶のメッカであった。
衰退の一途を辿る中、マスターは、身売り間際のジャズ喫茶を引き受け、
硬派ジャズ喫茶をなんとか延命させてきた。

@Grooveはジャズ喫茶の原点とされる「Dig」の後期継承者として、
一貫してモダンを提示してきた。
しかし、時代の流れは著しい。一流のジャズ論者らも、見事に自己の言説
を今風に切り替えた。それが生きる道だからしょうがない。
ジャズ喫茶の窓から、ミンガスをバックに道玄坂の薄汚れた空を
見ることはもうできない。
これも一つの終わりの季節。
ジャズのひとつのあり方であろう。

-----------------------------------------------------------------------

「Weekly Essayの終了」2003/10/21 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------


残念ながら、このときが来てしまいました。


このサイトも地味ながら、結構みてくれている人が多かったです。
このWeekly Essayにもダイレクトアクセスで日に60件位アクセス
されてます。

現在はネットワーク(人と人との繋がり)の時代ですので
あまりに、閉鎖的な演出である、いわゆる元来の定義でいう「ジャズ喫茶」の形態が
もはや通用しない状況であろうかと思います。

ジャズはすでに亡きものであること=エッジな論者の共通認識です。

が、しかし、いまだに枕詞に「ジャズ」をつけないとビジネスにならない
分野が数多くあることも事実です。

現在の「ジャズ喫茶」は新しい音楽のルーティングターム・ハブサロンとして
ネットワークの時代に適応していくと思います。

わたしは、わたしで後世、名を轟かす、灰野敬二や日本のガレージミュージシャン等 
文化創造者達 笑 のおっかけします。


深謝

-----------------------------------------------------------------------

「私に潤沢な資金があれば」2003/10/14 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------
私に潤沢な資金があれば、以下の仕様のジャズ喫茶を創設するであろう。
・場所は並木道沿いで、景観がよければOK
・オーディオはゴールドムンド一式 音は中音量
・FRPを多用した。サスティナブルな外、内観。
・辞書、高価本だけ置く。雑誌は置かない。
・ビルエバンスの高音質のものだけをかける。
・ケーキはル・パティシエ・タカギばりの品質を目標。
・珈琲はイタリアンローストを主軸とした、ビター路線
・代官山・カフェミケランジェロを彷彿とさせるオープンカフェを設定
・「Now Playing」CD台のアルミフレームに蔦の葉を巻く 笑
・詩の朗読会(特定の団体に特化しない)・新鋭作家のインスタレーションを展示(不定期)

なんとかならんかしら〜。


-----------------------------------------------------------------------

「I will say goodbye」2003/10/7 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------
今月のリコメンドディスクはBill Evansの I will say goodbyeである。
このレコードを知ったのはマスターが閉店の時にかけてからである。
それまで、後期のエバンスをあまり聴いていなかったことになる。
このレコードの曲順も含めすべてが好きである。ジャケットも好きだ。
「I will say goodbye」
すべての人間には別れが伴う。好きな人しかり、自分の人生もしかり。
「Opener」
仕事はワインの栓のようなもの。

私は正直未熟だ。
ジャズ喫茶の店主にでもならなければ、理屈や情動を超えた「エバンス感」
を享受できないかもしれない。


-----------------------------------------------------------------------

「音楽の新しい聴き方」2003/9/30 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

音楽の聴き方については、一般的には規則はない。
楽しめればそれでいいのだ。という考え方が現在の大筋である。
現在の大筋は利己主義である。利己主義であれば利己主義の範疇の中で
時を忘れるような充足感があれば、趣味の世界であるのであるからそれでいい
。 ただ、現在の大筋ではまったく充足感のかけらもないものになる。
気持ちよければそれでいい。感覚で聴けなど、と謂うまったくわけのわからない論者が幅を利かせている。
それはマスターベーションとなんら変わらないのだ。
本当の充足感とは、啓蒙を伴うものだ。古い人は「啓蒙」を毛嫌いする。
古い人はかつて、集団主義に身を寄せ、嘘で固められた啓蒙に心酔していたわけだ
その反動が啓蒙を批判する姿勢になっている。大きなお世話である。
今の若い人は大体昔と比べると裕福で、みんな初めから利己主義だ。マスターベーションよりもっと精神的利得を得たいよねえ。
だから本当の充足感を渇望しているのだ。

斯く斯く云々、今はコンセプチャルアートの世の中だから、聴く側もコンセプトを勉強して聴けば充足できるのが相場だ。
ただし、注意しなければいけないことはある。
聴く側も自由にコンセプトを設定できるという点である。
コンファメーションという演奏があるとすれば、聴く人々がそれぞれ確固たる
コンセプトを持ち、それぞれがそれぞれの基点に基づいて聴き、そこからそれぞれの充足感が得られるといことだ。
従って演奏する側もコンセプトをしっかり提示していないといけない。
さらには、コンセプトを聴く者に対して確実に「おしつけ」なければいけない。でないと聴く側はパラメータを設定しかねる。
悪例はコンセプトを結果ではなく、創作の過程=プロセスに設定する手法である。
コンセプトを押し付けがましいとし、プロセスにコンセプトを置くことで、
結果は千差万別になるのでおしつけがましくないというものだ。これはこれでコンセプチャルプロセスのおしつけである。。
この手法は知的遊戯であり、本当の充足感は得られない。結果が千差万別なので
聴き手が充足できないのは当たり前の話である。コンセプトの持つ「ファンクション」
に知的充足感を見出すだけの話である。
ジョンケージやジョンゾーンとかも結局似たようなものだ。音楽の本当の充足感とは全
く相反するものだ。聴き手が設定する猶予=パラメータという概念がないわけだ。とな
ったら演奏者に100%ひれ伏せといっているに等しい、これほど押し付けがましい演奏はなかろう。

音楽の本当の充足感をザクッと語ろう。
「スクールウォーズ」というドラマを見た人がいるだろうか?
泣き虫先生の事実に基づいたドラマだ。その主題化「ヒーロー」をドラマの初めに映像と
ともに聴くとき、抑揚を隠せない状況があるだろう。さらにジャズ通を気取っても
実は、カラオケで「時の流れに身をまかせ」
や八代亜紀「花束(ブーケ)」でついつい涙したリスナーもいるだろう。それが真の感動だ。音楽の本当の充足感に近い状況だ。
今のジャズファンは本当にジャズで涙したことがあるのだろうか?????
ただ「面白い」だけで時を忘れることができるのが、究極的な状況だが、時として
ドップリ浪花節に浸る余裕も必要だろうよ。勘違いしてはいけないのはここでの浪花節は「啓蒙」だ。
わたしにとってジャズの演奏は「ヒーロー」の連続なのだ。この領域に来るには
修行がいるのである。自分自身の劇的演出をジャズ演奏に与える修行である。
コンセプチャルリスニングは今後の潮流になるであろう。

先週休んでしまったので一気に書きなぐり長文になり、かつ言い回しが下品になったことをお詫び申し上げます。

敬具

-----------------------------------------------------------------------

「宮川淳」2003/9/16 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

美術評論の世界に宮川淳という人物がいた。
'60年代に活躍した評論家だが、その言説は今、現在においても同時代性を勝ち得ている 。
当時、隆盛した。というか氾濫していた、新しい諸芸術について適切な論評をしていた。
彼の著作の中でわたしが確認した、一番わかりやすく、音楽にも適用できる文章は
「フォルムからマティエールへ」
だ。
表層的なフォルムへのこだわりから、質感へのこだわり
も芸術の一つである。無論利用するメディアもしかりである。
ジャズ評論ではフォルムでの論議が一部の先鋭的な人々により行われているが
いまだ「マティエール」についての論議がなされていない。
音楽と比較すれば、現代の美術については賛否はあるにせよ。
先人の不朽の論旨が間接にこの恒久的な概念に自己活性化をもたらしている
ことは否定するに値しない。


-----------------------------------------------------------------------

「ジャズ松尾」2003/9/9 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

前回と同様、ふざけた標題ではあるが、最終的には深い意のあることをご理解いただく
ことであろう。

ジャズを聴く以上にジャズを感じるということは、ジャズとはもはや音楽にとどまらない
のかもしれない。
ということで、私は松尾が好きである。俳人の松尾だ。「松尾」とだけ呼ぶと松尾ジンギ
スカンか松尾伴内を念想するが違うのである。いわゆる「松尾」である。
正直言うが「松島や、ああ松島や、松島や」なんてのはジャズ以外の何者でもないと考える。
クラシックは完成美から秩序を感得するに優しい芸術であろう。
ジャズから得られるもの〜普遍足らしめる本質は「変革する勇気」だ。
一流のジャズにはすべて変革する勇気を啓蒙するパワーが内在されているのだ。
やれ「かっこいい演奏です」とか、「ファンキーな演奏です」。とか「黒っぽいとか白っ
ぽいとか」そんな表層・お粗末な次元のものではないのである。
いまのジャズ論者はまだそのようなお話をしている。愕然とするのである。
それで、しっかりお金もらっている。内容はどうであれ、文体論旨がしっかりしていると
問題ないのだろう。
MJQはクラシックである。フルトヴェングラーはジャズである。
上記発言を論証するには、私の頭脳だと何年後かな〜。



-----------------------------------------------------------------------

「ジャズ的女子高生」2003/9/2 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

わたしは、渋谷の会社から駒沢公園の自宅まで、バスで帰宅している。
バスの経路は東京にお住まいでない方でもよく知られている通称246。玉川通りである。
そこで、わたしはジャズを聴く以上にジャズを感じてしまった。
しかも女子高生にである。
わたしがいつもの通り、バスターミナルからバスに乗り、夜のイルミネーションを眺め
ながらバスに揺られているとき、自転車に乗っている女子高生を目撃した。
バスとほぼ併走。ときとしてバスを越えるスピードを出していた。
無論、車道走りである。しかもスカートでスポーツチャリだ。そして驚愕なのは
多段ギアでトップで走っているので、妙に動きがおやじくさいのだ。
通常であれば、女子高生はいわゆるママチャリで、せわしなく走っているのが通例だ。
ところがどうだ、わたしが目撃した女子高生は奇を衒うことなく、「ジャズ」を呈示しているではないか。
正直参った。いかした奴である。
おそらく30km以上は楽勝で、出ているはずだ。

「ジャズ的女子高生」を目撃し、今の先鋭的ジャズマンがしょぼく感じてしまう
罪深い筆者なのであった。
今度会ったら必ずバスの窓からサンムズアップだ。



-----------------------------------------------------------------------

「ジャズは死なない〜MtFuji」2003/8/26 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

わたしは、そもそも陰湿なジャズファンであるが
総合的に物事をみているつもりである。
マウントフジよかった。 笑
ジャズの志を持っているアーティストが
エンターテイメントしていた。
プロデューサもジャズの志を持っていることがわかる。
スポンサーも質感の高いプロダクトの車メーカーだ。
どうでもいい話だが、
ケチだが上質性を訴求する友人は歴代3台同じ車種で、前後ブレーキに純正赤キャリパーを搭載しているのだ。
プロデューサの心意気とスポンサーの心意気が内在しているのだ。
基本がしっかりしていれば
エンターテイメントも陳腐化しないことを立証している。
私は抜群のPAの音はBGMとして、彼らの「心意気」に酔った。
コンセプチャルリスニングの奨めである。
僕が苦手なブレッカーやヒノテルファンのMtFUJI歴戦のファンもいた。
とにかくあっぱれだ。よくあんなに盛り上がるんだなあ。
ちょっと気になるところが東京JAZZとのバッティングだ。
どうかんがえても喧嘩じゃ。私は裏事情を知らない。



-----------------------------------------------------------------------

「チャーリーパーカー=モネ、セザンヌ=モンク」2003/8/19 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------
というような、標題で論文を書こうとすると
セクショナリズムの知識人からバカにされること確実である
が、どのような芸術分野、それは工業であれ、商業であれ、サービス業といった
産業分野においても、改革とその普遍化というプロセスは生じている。
そのことについて、体系的だてることはなんら幼稚くさくないと考える。
ところが、頑固な芸術論者は障壁を設けてしまうものだ。
無論、障壁を造ることによる効能もある。バリアフリー的な考察は、とかくものごとが
薄っぺらに収まってしまう。
バランスよく開け閉めをすることにしよう。
そこで標題に戻る。
革命的な芸術家の持つ変革のスピリッツは別段その表現手段そのものに直接関わるとは
思えない。もっと概念的なものであると考える。
まあ大体は強大な既得権力に対する超克の意識、意地といったところだろう。
革命的な芸術家が生まれる土壌は強大な敵役が存在する状況である。
今は、強大な敵役がいないので、偉大な芸術家が生まれない。
セクショナリズムの知識人達が思考停止を起こしているのも一因としてあるだろう。



-----------------------------------------------------------------------

「すべてが相対的な今」2003/8/12 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

このごろにおいては、絶対的な物言いをする人が少なくなっている。
「個人的には好きです。」とかいうセンテンスが多い。
世間はインテリジェンス化している。慎重性を重んじ、相手の立場を考えた上での表現が多くなっている。。
このことはいいことだ。決して悪いことではない。

ただし、みんながそうなってしまっては面白くないと思う。 ときとして、バカをしなければいけないと思う。意図的に高圧的な発言をしたりするジャズ論者がいるが、
すごい、流石だと思う。ここでは名前は差し控える。
なんせその方は著名であるからだ。
著名でない人がそういう行動をしてもらいたいと思うし、僕もそうでありたい。
そこで絶対的な発言をしたいと思う。

「コルトレーンを嫌う人はジャズファンではない。」

コルトレーン(特に後期)を嫌う人は、その演奏の表象のみを、やれ宗教的だとか陰鬱だとかいっている。
アドリブに発展性がないとかいう、恐れ入りやの方もいる。
僕はそのような意見を聞き入れない。長年ジャズを聴いているのであれば
でてくる音楽はどうであれ、そのコンテキストを見極める素養もあるはずだ。
コルトレーンサウンドはコントローラブルであり、常にコルトレーンの責任下に置かれている。。
チャーリーパーカーは花火師のようなものだ。打上終わったらさっさと責任回避。綺麗さっぱりいなくなる。
パーカーと比べると確かにアドリブの天才性はないが、それでも圧倒的な練習量に
裏打ちされた、出したい音を本当に出しているコルトレーンの根源的に屹立する「重さ」を確認できるはず。
コルトレーンサウンドはリジットマウントサウンド。なにはどうであれ、むさくるしくても、
絶対的なヒトトキを提供してくれていることは事実なのだ。
それだけで「嫌う」に値しない。「嫌う」という言葉を発せない。
ジャズファンよ、覚醒せよ。(アーメン)


-----------------------------------------------------------------------

「New/Recommend」2003/8/5 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

毎月の月初に当ホームページではNew/Recommendのページが更新される。
新譜、もしくは当店のお勧め版を載せている。
新譜については、正直ハズレもあるのだが、お勧め版については是非
リクエストしていただければと思う。マスターが厳選されている。

アットグルーブのサウンド・システムはビンテージ・システムである
無論、日によってムラが生ずることもあるし、最も顕著なのはソースによって
音がガラリと変わってしまうことである。
New/Recommendのお勧め版は日々のコンディション・ムラを概ね凌駕するサウンドを提供してくれる。
コーヒー代以上の満足度を確実に得るのならば是非リクエストをすべしである。

オーディオの通を気取る方がマスターになにもヒアリングをせずに、捨て台詞を言いつつ、
数分で席を立ったりしている実話を聞く。
そこで、その人が、ソースの特性を知り尽くしていると仮定した上で推測すると
その人は、現代オーディオの定量的な評価手法をビンテージオーディオに適用しているように思われる。
それはそれで、評価基準としては筋道がしっかりしている。日本人はそのスペック重視の価値観で高度成長をかつて成し遂げたのだから。
そのことについての表記、もしくは評論者の確固たる評価基準が前提として存在することを祈念する次第である。



-----------------------------------------------------------------------

「ジャズを”香り”としてvol.2」2003/7/29 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

僕はマーケットの世界に身を置いていないのであまり知らないが
大昔、渡辺貞夫-ブラバスクラブといったような、化粧品会社とジャズマンがタイアップ
してイベント等が行なわれた事実がある。
僕はこのプロデューサーを尊敬する。ジャズのイメージが元来持つ、香りに似た美的テイストを
大々的に伝播させたからだ。
「ジャズが元来持つ、香りに似た美的テイスト」の「元持つイメージ」とはなにか。
ジャズ演奏自体が一般的に現在はクールでない場合が多い。昔は一般的にクールであるという筆者の考えがひとつ。
それと、ヒッピー以降のジャズシーンではなく、ジャズが栄えていた'40年代、'50年代のジャズマンのイデタチであるということも言える。
さらに踏み込めば、人種差別がまかり通った時代に、いかに黒人達がそれに戦ったか、
その「戦いの系譜」-ヒップな容姿のコンテキストを残り香として捉えるのだ
とびきりクールに決めると、やはり頭のいい白人は人目置くのだ。実力で相手を圧倒させてた訳だ。それがジャズマンのやり方。
ジャズを「香り」として聴くことは、わたしにとっては重層的な意味を持つ。
このようなロマンチックな文章を書く筆者が、かわいくてならない。


-----------------------------------------------------------------------

「ジャズを”香り”として」2003/7/22 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

筆者のエッセイは近頃濃い。
そこを筆者は自覚的に捉える。
濃いエッセイはあまり胃にはやさしくないので
癒し系エッセイもたまには必要であるという考えに至る。
そこで考えるのはジャズ=香り論である。
ジャズのメロディは一般的にはポップスのように輪郭が明瞭ではない。
それゆえにBGM的聴法をとることができる。
これはあくまで意識をBGMとして捉えることだ。音楽の本質とは違う話である。
BGMを香りと見立て聴いてみる。音楽の深さを再認識できる。
黒人のハードバップはコージーな珈琲の香りが相応しい。
白人であればケーキである。嗚呼、短絡的だ。読者の方が冴えてるかもしれない。
結局癒し系ではないではないか。筆者スランプである。


-----------------------------------------------------------------------

「交通事故でローランドカークの偉大さを再認識」2003/7/15 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

筆者は、先週金曜日、246上り、東名、三茶出口付近で、高速から一時停止をせずに降りてきた車を
避け切れず転倒。全治6週間の重傷を負った。
入院は回避したものの、日常生活は大変である。健常者が敵に見えてしまう。
左の肩の骨折と左腕の擦過傷、左足の打傷の為、利き腕の右は大丈夫である。それでも「素人」なのでつらい。
その時感じたのは身障者の持つサムシングエルスだ。やっぱりリアリティを享受するには経験しなければ
いけない。
ローランドカークの音楽はハッピーだが重い。下半身不随で盲目でなんであれだけハッピーな演奏
ができるのか。カークの音楽の本質を享受できるのでは、下半身不随で盲目になったときか?。
カークを思い出すだけで僕はケガ人生活を楽しんでやろうと思ってきた。
ショボくれている自分が馬鹿らしくなる。ジャズ聴いててよかった。カーク。ありがとう。
僕以外にも、僕みたく公言しないがカークに助けられているクールなジャズ野郎がさぞいることであろう。

-----------------------------------------------------------------------

「ジャズマンはファッショナブルであらねばならない」2003/7/8 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

ヒッピー以降、異様にジャズマンの格好がトホホである。
ジャズは聴き手に非日常を提供し、聴き手の日常をエクステントしたりするものだ。
だから非日常を提供するジャズマンは大体、生活感まる出しじゃだめなのである。
無論例外はあるが、そこまで自覚している人間すら少ない。
音が鳴ってりゃいいって感じだ。
私はジャズ演奏はファッションが先行すべきであると考える。
ジャズを枕詞で商売している輩はすべて審査を受けるよう義務付ける。
そうでもしなきゃ、地殻変動は期待できない。

お洒落なバンド-Digit!-http://sound.jp/dig/
私の一押しバンドDigitのライブが先日駒沢通りの「chaos」で行われた。
Digit以外にも洒落たバンドはあるのだが私はとことんブレイクするまでDigitを押し続ける
本来ブレイクして然りのバンドがそうでないのが腹立たしい。
当サイトの影響力は微々たるものだが、それでも徹底的に押し続ける。


-----------------------------------------------------------------------

「リスニングスタイルの変貌」2003/7/1 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

私のリスニングスタイル。
1年前と今では、全く違うということに気がついた。
2年前ではCDプレーヤーとMDプレーヤー
1年前ではCDプレーヤーのみ
今年はNotePCとCDプレーヤーだ。
今年はほとんどCDプレーヤーを利用していない。
IBM ThinkPad R32からUSBアダプターを経て
LAXMANのAT-3000アッテネーターに接続している。
音質はクラシックであれば粗が表出するが、ほとんど
遜色ない。しっかりエンコーディングされていれば
わからない範疇。スピーカーの性能で包含できると思う。
私が今使っているPC上のMP3プレーヤーは
Winampの2.78でスキンがThinkPadスタイルのものだ。
これが強烈。アーバンなテイストを満喫できる。
正直1年前はPCで音楽を鳴らすなんて小僧の戯れだと
思っていたが。全然そうではなくなった。
こっちの方がお洒落であり、クオリティオブライフの向上
に寄与している。



-----------------------------------------------------------------------

「ジャズ喫茶のポストモダン化」2003/6/24 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

ジャズについて、やれポストモダン化だ。なんだと論評をしたりするが
ジャズ喫茶自体もポストモダン化していることを自覚しているのだろうか。
もはやジャズ喫茶には「モダン」な「冷たい肌触り」は存在しない。
謎性は解体され、四散されている。
そのような意味でジャズ喫茶はいわゆる音楽ファンの親睦を主目的としたミュージックサロンになる流れであろう。
@Grooveは関ヶ原の島津のようなものだ。
ジャズ喫茶の常道・陣形をくずさずここまで来ている。だからお客の入りはかなり厳しいのだ。
周りはみんな小早川だ。否、これが時代の流れである。
まさに時流。こうなったら「時の流れに身をまかせ」を合唱しちゃいましょう。


-----------------------------------------------------------------------

「ジャズ喫茶は自己の実存を確かめる場所」2003/6/17 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

当ジャズ喫茶@Grooveのお客さんは、いたって一人でくる方が多い。
元来ジャズファンは、孤独で孤高・閉鎖的であるというのが一般的な考えであろうと思う。
ただ近年その考えも多角化、重層化し、一般的なものとしておさめきれない状況になりつつある。
ジャズ喫茶@Grooveは風俗街の一角にある。もちろん窓は防火窓。
そこに一人でくるお客様は、その経路で客引き・ビラ配り等に遭遇する割合が高い。
それでも常連客は泰然と来るのである。まずそこが凄い。
そういった意味だと、僕も凄いかもしれないが、リスクの高い区域に平然と乗り込む勇気があるのだ。
時としてHを終えたカップルに出くわすこともあろうし、ホテトル嬢への遭遇率は極めて高い。
強烈な、ただならぬ状況下を潜り抜け、店へ到達するわけである。
だがそこまでは一般的な孤独で孤高・閉鎖的なジャズファンで収まるであろう。
が、実はそうではない。
@Grooveのお客さんは、見た目こなれた営業・企画マンっぽい人も多いのだ。グルーヴな若い女性も単身乗り込んでくる。
そのような方々は、危険圏内を渡り行く素養を、そもそも持ち合わせているのであろうし、
やっぱり当店のお客様は、本質的には、本当に孤独になりたいからこそ、このお店に来るのであろうと確信する。
孤独になりたい人は孤独でないのだ。
マスターが掲示板にも同様なことを書いていたと思う。
都会の喧騒から、非常識的な空間に自己を放り込み、自己を覚醒させる訳である。
音のファイヤーウォールが外からのしがらみを遮断するわけだ。

時として、平原に自己が一人ポツンと立っているような気分にもなる。
ただ上記のような価値観を持っているのはマスターと僕・数少ない常連の雄くらいなのだろうか。

現在の潮流は、一般的なジャズファンがジャズ喫茶で親睦を含め、見識を深める状況である。
それはそれで素晴らしいことである。競争意識やモチベーションが向上するし、視野が広まる。
ただ度がすぎると会社の中での人間関係、セクショナリズムの蔓延と同様のシールドに辟易することであろう。
そのような意味においても当店は希少である。無論、お客様も希少である。(オチ)

-----------------------------------------------------------------------

「Jazztronik」2003/6/10 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

日本のメジャーミュージシャンもお洒落になってきた。

Jazztronik
マンディ満ちる
PE'z


-----------------------------------------------------------------------

「原美術館」2003/6/3 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

私がお気に入りの場所のひとつに原美術館がある。
場所は北品川の御殿山。駅から遠いので観光客も少ない。
若手の無名の作家を積極的に紹介する「ドキュメンツ」は常に興味深い。
私はメンバーシップに入会している。
年間1万円だがフリーパスで、イベント告知等の郵送物も豊富で皆美しく、満足している。
賛助会員はもっと年会費が高いのだが、ドキュメンツ等の資金に充当される。
わたしも出世したら賛助会員になりたいと思う。
無論、見栄もあるが、新しい芸術家のパトロンになれるからだ。
審美眼のしっかりとしたキュレーターが代行する訳である。
数ヶ月前のヴィンセントギャロ展では人がごったがえしていた。
キュレーターが会報の中でギャロ展の状況を「喧騒」といっていた。その通りだと思う。
会員向けの文章だとは思うが、それはキュレーターの本音でもあろう。
送り手と受け手に介在する者の「心意気」を真に感じることができるスペースだ。
見習い、見習い。



-----------------------------------------------------------------------

「Fire and Passion」2003/5/27 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

ガトーバルビエリというテナー奏者がいる。
非常にムード歌謡のような演奏をする。
マイナーミュージシャンであるが、日本では知名度が高い。
その理由はジャズ喫茶メグ店主 寺嶋靖国氏のエッセイにあると類推できる。
昔、安保闘争の末期ではジャズ喫茶が隆盛していた。
ムード歌謡のようなガトーバルビエリの音楽は、文化大革命での糾弾集会のごとく
非難対象とされていた時代である。
そんな中、レコードコンサートで、ジャズ喫茶メグのお客達がガトーの演奏を擁護し、
当時では主流の論者である大学教授をやりこめた。そんな話がある。
それは氏のエッセイのみならず、様々なところで伝聞される話でもある。
ガトーバルビエリがやわらかいリードを使っていることは誰もが聴いてわかると思う。
やわらかいリードは心地よく振動するが、レスポンスが悪いので速いパッセージについていけない。
ここに目をつけた気取り屋のジャズマンは硬いリードを使うことになる。
そしてその真似を日本人もするようになる。そこで柔らかいリード=初心者、固いリード=上級者
という安易な法則が生まれる。
ガトーは自分の信じる音楽を演奏する。私が好きな演奏は「Fire and Passion」の一曲目
「I Want You 」である。
アドリブの構造はフェイクがほとんどで、どの演奏家でもトレース可能だが、ガトーの音を本質的に再現出来る者は
ガトーただ一人である。
私も多くをガトーから感じている一人である。



-----------------------------------------------------------------------

「ジャズ・イメージ」2003/5/19 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

とかくジャズファンはオタクが多く、普段ジャズしか聴かないので
ジャズ以外の音楽を聴けたりすると嬉しくなって喧伝する傾向がある。僕もそうだ。
だが世間は違う。世間はそのような中途半端なオタクよりも徹底徹尾ジャジーな
ハードバップに惚れ込んでいるリスナーを求めている。
ジャズ以外の音楽なんていつでも聴けるからだ。
お洒落なジャズをサクッとかけれるような人材は市場価値がありそうである。僕もがんばります。
ビリーテイラーのスリーピングビーとかサクッと。小粋に行きたい。
空間を作るのにもジャズはいい効果を与える。
たとえばジャズファンがエントリーソースとして取り扱う「バグスグルーブ」なんてのは
耐久強度の高い音楽であると同時に異様なほどの空間構成的なテイストを持っている。
B&Oでかけたりすると最高である。
オーディオファンとか空間デザイナーの方がジャズのおいしいところを知っていて
5W1Hを暗記しているジャズファンの方が知らないような気がする。というより「のほうが知らない」と断言しよう
Webで即検索できる今日において
知識量で見栄をはる時代は終わりであり、いかに幸福感を享受しているかが問われる時代である。
その幸福感さをわかりやすく人に説明できる人の方がジャズ評論家よりジャズの良さを伝播できるのである。


-----------------------------------------------------------------------

「レコードコンサート」2003/5/13 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

当店も含め、現存するジャズ喫茶ではレコードコンサートが行われる。
そこでは自分も含めた様々な人間模様を垣間見ることができる。
アルバイターの渾身の選曲を一切無視、ベラベラしゃべり、レコードが替わっても振り向きもしない。
翻って、弁士の選曲はありがたく腕組みをして聴いている。
音楽の最中は無論寝ているが、弁士がしゃべりだすと復活する。
といった状況を見受けるときがある。
僕は皿回しをしたことがない。多分するとやばい。ヘボ客に砂糖を頭からかぶせることだろう。
白熱のコンサートは何処へいったのか。
僕が弁士なら矢沢の「アリよさらば」を大音量でかけることだろう。その行為それ自体がジャズだ。

-----------------------------------------------------------------------

「函館のジャズ喫茶はBopとマイルスの枯葉」2003/5/6 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

私ごとだが、今回のGWでは、家族関連のイベントがあり、実家の函館に帰った 。
函館もいろいろ状況が変わっていて面白い。僕が劣等生として在籍していた東高校が宿敵中部を超え、現役東大生がでたらしい。
ヘボキャリの私としては、実に嬉しい自慢ネタである。まあ函館ラサールが別次元的に最強なわけだが。
無論ジャズ喫茶にも行った。五稜郭BopではBrian Brombergをパラゴン大音量で聴かせてくれた。
感謝。マスターは今も現役でバイクに乗られている。凄い。
函館にも本質的な文化があるのだと自分の狭い知見の中で改めて認識した。
ユータウン転職したい気分である。
いつも「バップ」か「フリー」を聴くだけだったが、パラゴンでこんなに現代的なサウンドを聴けるとは思わなかった。
今回は行きそびれたが「マイルスの枯葉」というジャズ喫茶もある。
部屋の構造がベイシーに似ている。ただしオーディオはベイシーと180℃違う。すべてジャパンメイドである。
ある意味感動する。いわゆる風流なジャパンサウンドを聴ける稀有な店だ。
スピーカー=レイオーディオ7Vをアキュフェーズでドライブしている。


-----------------------------------------------------------------------

「実家で歌心を満喫」2003/4/30 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

現在、実家にいてサイト更新を遅らせてしまった。
実家は函館方面であり、遠隔でアップしている訳だが、実家は函館の文化の集積地から
ほど遠いところにあり、近所で楽しめるものはカラオケぐらいである。
ただし、このカラオケがあなどれない。
ジャズファンはとかく学術的、インテリ志向になりがちである、そこが罠である。
例えばいーぐる店主の後藤氏は「曲」を馬鹿にしているが
それは影響力絶大な、寺島靖国御大への戦略であり、しっかりと自分ではメロディの深み、おいしいところ
を抑えているのだ。
カラオケで最新の曲を聴き、現地の仲間のカーオディオでカチットカーオディオ用にミキシングされた音楽を聴くと
現代の必然性を読み取れる。こういうひとときを、重要なものであると考える。
つんくのプロデュースがいかに優れているかを認識する。あの声のイフェクトは凄い。
自分の主観だがやっぱりヒカルは凄いなあと思う。詩といい曲といい。キリヤ〜!!


-----------------------------------------------------------------------

「オルフェウスプロセスとインタープレイ」2003/4/22 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

おそらくこのサイトを見る方は、ジャズファンであるので「インタープレイ」に関しては
ご存知の方が多いだろう。
ビルエバンストリオで顕著な内的交換的な相互影響を持つ演奏である。
翻って皆様はオルフェウス管弦楽団をご存知か
わたしはつい最近まで知らなかったが、勤務先の会長(といっても中小企業)からお借りしている本
「オルフェウスプロセス」でその存在を知ることができた。
指揮者のいないオルフェウス管弦楽団の内容である。協奏の延長線上ともいえるが、なんとも
考え方がジャズっぽくていい。ビックバンド的。
リーダー不在、民主主義的ということで、芸術オタクとしては首をかしげる部分もある。
ただし、この管弦楽団は30年続いているのだ。
この事実を事実として認識すべきだ。
このエッセイで、オルフェウスプロセスとインタープレイの相関性について論証する気力・勇気はない。
ただ表層としては、インタープレイは究極的な美意識・タイミングの中での個々人にかかる責任の均等
オルフェウスプロセスは完成された美への構築における個々人にかかる責任の均等
が確認できる。共通項は「相乗効果」だ
これ以上書くと破綻するので止める。

-----------------------------------------------------------------------

「モダンジャズのビジュアル」2003/4/15 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

ジャズを音だけで捉えるのは本質ではあるにせよ野暮であり、その背景や伝聞、ビジュアルも貴重な
エレメントの一つであると考えている。
モダン(近代)ジャズのジャケットは美しく飽きない。下手な「現代」より陳腐化しない。
当ホームページは「モダン」を意識している。ただ意識しすぎると排他的になり
アクセスカウント低迷で悩むことが容易に想像できる。したがって多少六本木ジャズバー的テイストを
織り込ませている。
モダンジャズは少なからずモダンアートのルネサンス醸成の場と思える「バウハウス」の影響を受けていると思う。
当ホームページを担当する私は、しがない存在ながら「バウハウス」理念の継承者の一人であると自負している。


-----------------------------------------------------------------------

「jazz@Groove 呼称」2003/4/8 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

当ジャズ喫茶は何って呼ぶの??
という疑問がよくある。
「ジャズ喫茶 アットグルーヴ」が自然である。
なので「アットグルーヴ」が呼称であろう。
ただし常連の女性は「グルーヴ」と呼んでいるし
ボクはサイトマネージャになる前はJ groove=ジェーグルーヴ と呼んでいた。
店のロゴマークでは"jazz@Groove"となっており、当サイトも"jazz@Groove"である。

そこでジャズでいう「グルーヴ」とは何ぞやと考える。
当店ではレコードの溝の意味が多いかもしれない。 「What」の項でのマスターの言葉が響く。

グルーヴ=楽しい経験、絶好調(俗語)としては外観的グルーヴと内在的グルーヴがあると私は考える。
外観的なグルーヴは早くいえば、いわゆる「グルーヴィー」なサウンドである
内在的なグルーヴは早くいえば、一見グルーヴィーじゃないけど「やってくれるぜベイビー」 といわせるサウンドである
上記については論文を書けそうだがここでは割愛する。
ビルエバンスは後者にあたる。 思わず小膝を打つようなサウンドである。
内在的なグルーヴを自覚しながらジャズのライブを@Grooveでリクエストすると、珈琲代以上のメリットを確実に得られるのだ。


-----------------------------------------------------------------------

「アクセスカウント開示」2003/4/1 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

Summary by Month

Month Daily Avg Monthly Totals
Hits Files Pages Visits Sites KBytes Visits Pages Files Hits

Mar 2003 1749 1203 341 76 1629 584209 2379 10588 37300 54225
Feb 2003 1817 1280 347 71 1510 537457 2012 9724 35861 50902
Jan 2003 1543 1150 299 61 1485 480288 1904 9286 35652 47861
Dec 2002 1365 974 277 59 1442 419532 1837 8596 30194 42338
Nov 2002 1478 1070 304 65 1441 419776 1961 9143 32124 44343
Oct 2002 1304 937 269 60 1298 361913 1861 8353 29068 40452
Sep 2002 1617 1153 304 64 1477 537645 1937 9120 34606 48538
Aug 2002 1185 741 261 53 1054 276883 1653 8097 22986 36760
Jul 2002 821 579 240 41 904 125815 1282 7451 17961 25475
Jun 2002 840 585 241 40 899 135562 1225 7255 17561 25214
May 2002 929 680 268 41 1020 151466 1298 8328 21101 28804
Apr 2002 703 535 206 32 760 106563 973 6202 16074 21116

Generated by Webalizer Version 2.01


上記が客観的な@Groove関連サイトのデータである。健全な企業のようにじわじわとアクセスカウントを
増やしている。まだ一日の訪問者数が100人を超えた日がないのでなんとかしたいが
100人前後で永遠に推移するようなパターンがジャズ的でいいかもしれない。
1年後、まだこのサイトがあるかどうか微妙だが、正直に開示しようと思う。


-----------------------------------------------------------------------

「カレッジチャートとガレージミュージシャン」 2003/3/25 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

このごろ私が反省するのは、カレッジチャートとガレージミュージシャンへの見識のなさだ。
カレッジチャートは音楽の未来を感じ取りたい連中の「試み」のひとつだ。
商業主義のチャートくそ食らえって感じ。
http://www.crj-tokyo.net/main.html
ガレージミュージシャンについてはメグの新井さんからいろいろ為になる話を聴いた。
グルニエ(屋根裏)の思い出でじゃないけど、ゾクゾクする魅力を感じる。
予算規模が小さい分いろいろな実験ができる。WorkShopに居合わせるような感覚〜リアリティも享受しやすい。
Apple や HPだってガレージから大きくなったわけだし、うん。「夢」があるのだ。
当サイトのような瀟洒でカクテルが似合うようなマッタリとしたデザインではダメなのである。
野郎しか集まらない、下衆なムードがGoodなわけである。サイトもドバンと勘亭流のフォント30ptがナイスだ。
そしてその背景画面は、林家こん平師匠が「中央に配置」ではなく「並べて配置」されている画像。これである。
ソロがつまったらパンツを下ろすくらいの気迫が必要だ。
そのような観点で当サイトを見ると、当サイトも既にスイングジャーナル的妥協を強いられていることに相成る。
ガレージミュージシャン 都内での最後の砦は、新井さん曰く「アケタの店」その店である。

-----------------------------------------------------------------------

「ピンチの時に鳴るミュージック(具体例)」 2003/3/18 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

先週のエッセイでいっぱしの口を叩いてしまったので、
ピンチの時に鳴るミュージックの一つをご紹介しようと思う。
「Art Blakey and the jazz messengers Featuring Wynton Marsalis vol.2」
というアルバムだ。
私が7,8年前一人、週末、深夜残業で苦しんでいるときに、鳴った。自販機のある深夜の階段の踊り場で高揚した記憶がある。
私は当時はもろプログラマーであり、はまっていたわけであるが、そのアルバムの「マイファニーバレンタイン」
に助けられた。プロトタイプをなんとか形をつくろい、月曜日に変更自由という形でお客を説得し、納品をすませたのだ。
なんとウィントンのトランペットに助けられたのだ!。な、なんということだ。この現実...。ブッカーリトルでないところが
世の中うまくいかない部分である。
このアルバムはジャズ喫茶いーぐる店主の後藤氏の著作の中で紹介されているものである。
当時の極限的な状況のリアリティは自分にしかわからない。自分にスキルがなかったからせっぱつまったわけだし
本当に悶々とせざるを得なかった。そこを克服したのだ。もう新興宗教ですな〜。 超低コストの新興宗教といったところでしょうか。
ウィントンのアルバムも買ってないし、いーぐるにもごぶさただし。本当に恩知らずですね〜。(笑)


-----------------------------------------------------------------------

「ピンチの時に鳴るミュージック」 2003/3/11 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

「人それぞれの好みだから。。。」
これが現代人の共通の芸術を語る言葉である。
わたしも使う。ただ私の場合は、世間とうまく同調させるためのツールでしかない。
本音は芸術ってのは絶対的だと思っている。
凄いミュージックはピンチのときも裏切らない。
それは演っている連中の姿勢も反映する。
「人それぞれの好みだから。。。」なんていう人は人生の中で芸術に助けられたことのない人のライトなお言葉である。

-----------------------------------------------------------------------

キケーヨー(灰野敬二風) 2003/3/4 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

5年位前、某四谷の重鎮から、「君はハードバップしか聴いてないんだろ」。と小馬鹿にされたことがある。
「ボ、ボクだってマイケルブレッカー聴いてますよ!」とはいえず,「ハイ、その通りです。」と泰然と答えた。
当時としてはそれでよかったと思う。
だが今は違う。そこで私は戦略上、灰野敬二はださず、Digit!を提示することになる。
まず先にあるのはジャパン-アイデンティティ。そしてVisualとスケーラビリティでDigitをチョイスする。灰野敬二は一点突破、抑えの切り札。
これでとりあえず理論武装Okだ。どっからでもこいといった心境である(笑)。
先日もDigit!のライブを見てきた。「雫」というイベントだ。
前回のステージとはオリジナル曲の解釈、ニュアンスが変わっていた。
例えばビルエバンスの16bitのワルツフォーデビーを買うと、"ワルツフォーデビー"が2トラックあるのだが、演奏内容が全然違う。そんな感じである。
私はボーナストラックの方がハッピーテイストで好きだ。
エバンスは死ぬ数週間前にも"ワルツフォーデビー"を弾いていたが、それはノスタルジーではなく同時代的なグルーヴを感じるものである。
エバンストリオとDigitがオーバーラップする。
Digit!はアルバムの中を全部同じ曲にしても、聴くに耐えうる力量があると思う。
カルマンギアの中で聴くといいかもしれない。
ボリスヴィアンを読みながら聴いてもいいかもしれない。


表現の幅がステージングも含め凄い。 古いビデオカメラで裏ライブビデオをとりたい心境である。
特にキーボディストを至近距離でとりたい。そしてその作品をケイ赤城に見せたい。
外人が真顔で聴いている。
ドラムはセッティングだけでもセクシーだ。
たまたまだけど、キーボディストの脈動とは裏腹に、ベースとドラムがパイプを銜えていてグルーヴなのに軸が固定されているところがクールだ。
随所に音楽的な隠し技、仕掛けやファンクションがあるので、頭がいい奴じゃないとダメかもしれない。
かつ、楽器それぞれの持つ表情、質感、マテリアルにも彼らのきめ細かい美意識が行き届いている。音の粒立ちにもしびれる。


上記のイベントにはDigitリーダーの呼びかけとその派生で、これまた気鋭のアーティストが集うている。
みんな凄かったが、特に私が興味があるのがマイクロサウンド系のアーティストsawakoだ。
マイクロサウンドは文字通り圧縮され、Java(J2ME)エンジンと一緒に有機的にチップに焼かれるニーズがでてくることだろう。

上記は前衛文化の集積地「青い部屋」での一回性の出来事である。東京に埋め込まれたワイルドなICだ。
「青い部屋」は渋谷のドゥカティジャパンのはす向かいにあるオフィスビルのB1Fにある。
今後もイベントはある。ドゥカティストも来たれ。彼らのグロールはV-twinのコーナリングのようにリスキーでスリリングなのだから。


[Digit!]筆者のお気に入りバンドのサイト。リーダーはツーリングライダーとしても偉大な先輩。 http://sound.jp/dig/

[Sawako]ラップトップミュージック 。スパイラル東京にいかにもいそうな感じ。原美術館会員の私としては最高。 http://homepage.mac.com/oto_s/

[Noro]青い部屋のイベントでのもうひとつのお気に入り。アングラ喫茶主宰。喫茶つながり。筆者の不純な動機での撮影有。 http://www3.to/noro/

-----------------------------------------------------------------------

「アーティスト論とジャズスピリット」 2003/2/25 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

僕はアーティストって、自分一人で完結させているパフォーマーのことをいうのだと思っている。
なにかしら影響力がある人、がアーティストと受け手の間に介在するパターンは、自己完結していないのでアーティストではないと思う。
例をあげると、マイルスデイビスの晩年はプロデューサーが介在していた。従ってアーティストとは呼びにくい。
マイルスが描いたペインティングも、しっかりと商流を司るスタッフが介在していた。
「マイルスをアーティストと呼べない」なんて公言すると、ジャズファンから怒られそうだが、マイルス自身が自伝の中でバツ悪そうに述懐している。
そこでフォローするとすれば、マイルスは自己を総括する位の度量があるということなのである。これは小市民ではできないことだ。
ただマイルスの例に漏れず、情報化社会-ロット化された産業構造の中で有名になった「アーティスト」は総じて「アーティスト」ではないパターンが多い。。
そんな中ジャズの巨人の一人、ピアニストのキースジャレットは「アーティスト」魂を頑なにまもっている。
マイルスの反省を知ってかしらずか、市場ニーズに敏感なプロデューサーを擁するメジャーレーベルと契約できるのにもかかわらず、
マイナーレーベルと契約をしつづけているのだ。
そのこだわりが好きだ。一見バカな選択だと思うかもしれないが、芸術とはベールにつつまれた謎性の高いものだと私は思っている。
メージャーになると意図しないままその謎性が流布、拡散され、コントロール不能になる。そして自然と取り巻きたちの食い物=消費物に切り替わり、そして消えてゆくのだ。
僕はキースの一連の姿勢を「ジャズスピリット」と呼んでいる。
「ジャズスピリット」とは儲けることができる実力と技量があるのに、あえて儲けることを拒否するくらいの凄みを意味する。
身の回りにも意外と「ジャズスピリット」を持っている人がいる。
これは芸術分野にのみならないのだ。ただし「ジャズスピリット」は売れない人間のしがない自己満足、自己陶酔で終わる例が多い。
嗚呼、また胡散臭い話になってしまいました。次回はVividな「青い部屋」の話題にいたします。



-----------------------------------------------------------------------

「ジャズ的な人ほど目立たない」 2003/2/18 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

私はこうしてエッセイを書いているが、あまりジャズ的ではない。
ここでいう「ジャズ的」とは「自分の価値観を誠実に志向するマイノリティ的」といった意味で、筆者独自の定義である。
ジャズ的な連中はあまり存在をひけらかさない。僕は友達になりたいのだがなかなか機会がない。
だけど、世の中にジャズ的な人がいることを考えると嬉しくなる。このエッセイを読んでいる方も結構ジャズ的だったりするのだ。


-----------------------------------------------------------------------

「秘められたポテンシャル〜ジニアス 中野新橋」 2003/2/11 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

嬉しい話があった。
@Grooveのお客に、ジニアスの店主から紹介されて来たという人がいたとのこと。。
他店を紹介するといったことは、閉鎖的なジャズ喫茶業界では滅多にない話だと思う。
私は、中野新橋でのリニューアル直前に出向いたことがある。
外観上はジャズ喫茶とは思えない、「今風」な感じである。
店主からオーディオ調整がもう少しなので、ご入店は勘弁してくれとやんわりと入店を断られた。
そこにジャズ喫茶としての凄みを感じた。
凄みの証憑、確固たるコンテキストが存在する。
店主はかつて「Dig」という伝説的なジャズ喫茶の皿回しをされていたのだ。今でいうDJ。
強烈な団塊の猛者を焚きつけ、夢中にさせていたのだ。
その方が奥様といっしょにゆったりとした同時代的な空間を提供している。音質もクール。その事実が嬉しい。
ジャズが熱気ある時代〜1960年代には私は存在していなかったが、少しでもその空気感を味わいたいと思っている。

-----------------------------------------------------------------------

「ロッカー」 2003/2/4 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

ロッカーがいない
灰野しかロッカーがいない
と思っていたら
いた。
関内の駅前で
ありとあらゆることに怒鳴り散らしているオヤジだ
ロックバンドの連中はハトのような顔をして通りすぎてゆく
どっちがロッカーだ馬鹿野郎。
オヤジの方がロックしてんだろ。
おやじは喚く。世の矛盾。腐った若者に対して。だからといって暴力は行わない。
そこがロッカーである。
自覚的でもある。ステージの状況を自覚的に捉えている。
わたしにはロッカーになる勇気と気概がない。
オヤジ!あんたはグレートだぜ。


-----------------------------------------------------------------------

「君はDigit!を知っているか?」 2003/1/28 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

このごろ灰野敬二に染まっている筆者だが、染まりすぎるのもよくない。
いわゆる重い使命を持つヘビーデューティ・アーティストへの畏敬が私の本音だが
時として、お茶目で小粋なファインアーティストを聴きたくなる。それが現代人のウェルバランスなライフスタイルだ。
だからといって、その中身は破綻のない充実したものが良い。そんな時、私が注目する新鋭が「Digit!」である。

[Digit!] http://sound.jp/dig/

[キーボード担当DentaのCDレビュー] http://sound.jp/sploghm/kind/myfav01.html

まず、お洒落である。日本の若手アーティストでここまでビジュアルアイデンティティを持っているグループは少ない
メンバーが全員パイプを銜えて街を闊歩している。吸い歩きは一般的にマナー違反である。だけど彼らだったらかっこいい。
かつパイプは「凶器としての煙草」あてはまらないと考える。パイプで「ジュッ」とやられた伝聞を私は知らない。
オリジナリティからの観点から見てみると、総じて日本のミュージシャンは一定のパターンにおさまりがちである。
ヤマハにポートレートが飾ってあるような某演奏家のイメージが顕著だ。
そんな中で彼ら(Digit!)はまったく自分達の美意識でクールでエッジなテイストを呈している。
異常にコスチュームがグルービーなところがナイスだ。生活感がない。苦労を感じさせない。換言するならば吉幾三テイストである。
演奏の技量もすこぶる高い。しかも、私淑しているアーティストをしっかり明言しているあたりも誠実さが裏打ちされている
今年は自分達のイメージ通りの音が詰まったアルバムを出す予定。
今からチェックすべし。

1/18 musiam@Ogikubo Photo By site manager

-----------------------------------------------------------------------

「灰野敬二 vol.2」 2003/1/21 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

またしても灰野敬二について述べたいと思う。
先週のエッセイで唐突に「灰野敬二」がでてきたが、一般的なジャズファンは
このアーティストについてあまり知らない人が多い。反省。
そこで灰野がどのような人かを調べてみる。
まず下記のインタビューを読んでもらいたい。

[インタビュー ] PSFレコード
http://homepage2.nifty.com/PSF/gm/G02/haino.html

[トークエッセイ]ライブハウスPLAN-Bのコンテンツ
http://www.i10x.com/planb/sp/haino/01.html

[灰野論文] ”「在り」うるべき事について”
http://www1.neweb.ne.jp/wb/haino/haino/concept1.html

結構長いと思う。
これらインタビューにある通り、灰野は極めて整合性の高いコンセプトに基づいて表現をしている。
私のようないわゆる「メジャーミュージシャン」を主体的に聴く者にとっては
これらのコンセプト=バックボーンが必要になる。依ってたつ部分がないと不安で不安でしょうがないからだ。
灰野の本当のファンは、そういう理屈はいらないのかもしれないが、それは極めて「危険」であろうとも思う。
ともすれば、例えばカルト教団の教祖様のような枠におさまりかねないからだ。
ただ、先のコンセプトなくして純粋に近い感動を享受できるアプローチが、他に2つあるのだと思料する。
ひとつは本質とはずれるが(私個人は本質だと思っているが)「生き様」という観念である
先日の西荻窪のBINSPARKでのライブでは年配の女性が、娘とあの爆音をせせらぎのように聴いていた。
あの女性はかつて三里塚で戦っていた人ではないかと感じる。
灰野にはノスタルジーはない。ただ過去を忘れない、忘れたくないという
実存的な自分の経緯を省みることのできる、一流の「聴く者」は灰野の周りにわずかながら存在する。
その心の持ちようは本ホームページでのマスターの言葉にも対応するのだ。
もうひとつは比類なきオリジナリティ。あの髪型はなんだ?。あのヴォイシングはなんだ?。
外国人によく見られるアプローチである。
以上が私の分析である。分析自体は表現の享受になんの役にも立たないが、
感得する上での暫定的なインデックスと思ってもらいたい。


-----------------------------------------------------------------------

「灰野敬二」 2003/1/14 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

モダンジャズは元来、前衛音楽だったのだがこのごろはすっかり
とげがなくなってしまった。
まあ、高速の湾岸線を走りながら聴くジャズ。練りこまれたアレンジのスムースジャズもいいものだ。
それでも前衛音楽としてジャズを聴きたいときがある。
そんな時何を聴けばよいか?
「灰野敬二」をお勧めする。
去年の年末のライブは恒例のミッドナイトライブだったのだが私ははじめてだった。
午前1時半から朝までやっていたのだが、初めの1時間はドラムの叩きまくりである。
ライトが当たらないところで叩いている。ヨシキ顔負けである。
その後の民族楽器を使ったパフォーマンスも凄い。ソロパフォーマンスで飽きない演奏は珍しい。
「演奏を聴く」のではなく「表現を感じる」。これが聴く側のコンセプトだ。


-----------------------------------------------------------------------

「オール・エヴァンス構想」 2003/1/7 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

今のスイングジャーナル誌の表紙がエヴァンスである。
このごろ僕が実感することとして「オール・エヴァンス構想」というものがある。
すべてエヴァンスできめるということである。原付バイク購入を我慢すればいけそうである。
エヴァンス芸術の耐久性の凄さについて言葉で展開するのは難しい。
ただエヴァンスの心の中を想像するに、強烈な美意識と一貫性、黒人の中で演奏することへの屈折感、
麻薬常習者としての卑下感や今では主流となったアヴェイラブルノートスケールはもとより、
リディアンクロマチックコンセプトという今でも難解な技法の熟達者であった最先端の理論派であったこともできる。
現在上に、換言するならば、函館の鹿鳴館(公会堂)でカフェをたしなみながら、自分の道を進みつづけ、
守旧派の攻撃を受けながら、イケナイお店の常連であることの卑下感があり
エッジなテクノロジ(例えば.NET)のメーリングリストの常連であるような感じである。
要はバランスがとれているわけだ。
エヴァンスのブエノスアイレスのライブ版があるが音が悪いがアンティークに囲まれた空間なんぞを想起でき、最高である。


-----------------------------------------------------------------------

「謹賀新年」 2003/1/1 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

明けましておめでとうございます。
マスターから放送局の方から取材依頼やドラマロケ依頼があることを聞きました。
サスペンス劇場なんかにいいんじゃないかと思っております。
嬉しいです。なにかいいことがありそうな気がします。
たまに店にいきますが、かっこいいお客がいたりしていい感じです。
一人でビール飲んだりして、ナイスなオヤジになりたいなあ


-----------------------------------------------------------------------

「メリークリスマス」 2002/12/24 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

よく、世間では「夢をもちましょう」、とか「希望を持ちましょう」とかいう。
漠然と聞き流していたお題目であったのだが、このところ意識がかわってきた
夢を持つことによって目先の細かいしがらみや障害に対して余裕が持てる。
また夢の内容を具現化するにはほとんどの場合、資金が必要である。そのことから「節制」
という意識も沸き起こる。
企業でもしっかり経営目標や長期化プランがあるように、人間ひとり一人にも人生目標や
ライフプランがあるのである。わたしも齢三十一。いろいろ考えなければ。
@Grooveでは大音量で音楽を聴ける渋谷で珍しい店。リクエストして音量が足りなければマスターに訴えよう。
コーヒー一杯で心をクリアに。そんな店からメリークリスマス。

-----------------------------------------------------------------------

「こんなジャズ喫茶あっていい?」 2002/12/17 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

1月 スタンダードジャズ特集 定員20名。食べ物持込・勉強OK。予約制2000円。脱出不可
1日 全部 Autumn leaves
2日 全部 Masquerade Is Over
3日 全部 My One And Only Love
4日 全部 Nearness Of You
5日 全部 My Funny Valentine
6日 全部 If I should lose you
7日 全部 What Are You Doing The Rest Of Your Life
8日 全部 Someone To Watch Over Me
:
:
:
2月 アーティスト特集 定員20名。食べ物持込・勉強OK。予約制2000円。脱出不可
1日 全部 チャールスミンガス
2日 全部 チコハミルトン
3日 全部 オスカーピーターソン
4日 全部 ハービーマン
5日 全部 ジョンコルトレーン
6日 全部 ハンニバルピーターソン
7日 全部 灰野敬二
8日 全部 サラ・ジェーン・シオン
:
:
:
3月 秘密結社に開放 食べ物持込OK 1Day 4万。脱出OK
1日 秘密結社に開放
2日 秘密結社に開放
3日 秘密結社に開放
4日 秘密結社に開放
5日 秘密結社に開放
6日 秘密結社に開放
7日 秘密結社に開放
8日 秘密結社に開放
:
:
:

-----------------------------------------------------------------------

「スタンダードジャズ」 2002/12/10 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

このごろあらためて、ジャズの深遠さを感じるのが、ジャズのスタンダードナンバーの演奏である
「枯葉」というスタンダードナンバーはご存知だろうか?
シャンソンナンバーである。マイルスデイビスが流行らせた。
わたしが「枯葉」の演奏で一番だと思うのがアートペッパーのものである
だがこのごろは、新譜で真正面に枯葉に挑んでいる者は極めて少ない。
ジャズの怖さを知っている人ほど「枯葉」から遠ざかる。才能の違いが明白になるからだ。
上記理由により、オリジナルでごまかすのが賢い戦略であり潮流である。
その方がアーティストっぽくもあり、気取ったジャズファンに受ける。
ただ僕としては、原美術館でソロパフォーマンスをするような先鋭的なジャズマンも
全トラックに心を載せて「枯葉」で行くとかアヴァンギャルドしてもらいたいと思う。
このごろ、お決まりの演奏パターンとそれと位相を合わせたお決まりのジャズリスナーが多くてガクッとくる。
マイルスはスタンダードジャズをクリアしたから次のフェーズに移った。無論ペッパーとも勝負可能。
ほかの連中はクリアできないで中空を彷徨う。い続ける。カオスな世の中。


-----------------------------------------------------------------------

「読者が優越感に浸れるエッセイ」 2002/12/2 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

と題した内容である。
先週の内容があまりにむさ苦しいので
ここでは青山のIDEEショップを思わすような清涼感あふれるエッセイをお伝えしよう。
筆者の49kmオーバー違反劇である。
なんと峠で捕まってしまった。奥多摩周遊だ。略式裁判である。自覚的に走っているだけに悔しい。(GoldCard)
70,000円先週払った。今日は鮫洲である。金欠なので講習はやめようかなと思う。30日免停甘受だ。
こんなお粗末な奴がいるのかとおもうとハッピーな気分になると思う。
自分の惨めな境遇をあえて前面に打ち出し、人を始動に向かわせる姿勢。これがジャズだ。(涙)


-----------------------------------------------------------------------

「ジャズ評論考察」 2002/11/26 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

ジャズはクラシックのように学問に成りうる音楽であろうと思うが、哲学等に見受けられるようなキャッチ-な命題や理論体系が少ない。
史実に基づいたものや5Wやお決まりの形容詞がほとんどであり、魅力がない
現在のジャズ評論の中では評論家はもはや影をひそめ、知見のあるジャズ喫茶オーナーの著述が圧倒的なシェアを占めている。
そのことは評論家による理論体系が脆弱であることの裏返しであるともいえる。
今売れているジャズ本はエッセイや初心者用の入門書等である。
エッセイ・入門書は、皮肉な見方をすれば、責任を回避するための逃げの手段であるということもいえる。このエッセイもそうだ。
「ジャズの今」を呈した、クールな著述もあるが、別段システマティックな仕掛けが施されているものではなく
「ジャズのイメージアップ媒体」に留まっている。これが現状であると思う。

そのような状況の背景〜よくも悪くも即時性、即効性を求められる現代社会において、市場性を見出せない理論体系は、学校においても教えづらいだろうし
それを書く者のモチベーションももちろん萎えてしまう様も容易に想像できる。
音楽評論界が言論界の如く確固たる市場性をもつとすれば、吉本隆明氏のような破綻のない理論を展開できる人々もいたのかもしれない。
ただ、現在の肩身の狭いジャズに関する論述の中にも無論、市場性を越えた人間生活にとってかけがいのないものがあるはずである。
しかし、このような発言そのものが、ものごとを強引に一まとめにするような昔流の構造主義的手法〜社会主義的雰囲気(!?)と勘ぐられる恐れがある。

ではジャズ評論における「市場性を越えた価値」はなにか?。 ....。考えると到底答えにたどりつくことができない。できないのである。
もはやありとあらゆるものに速度が求められる今日において
悠長に雲を掴むような命題に対して物思いに耽っている時間はないのだと自分は世間を俯瞰するのである。

それじゃあどうするか、上記理由にて私にはなにもできない。

でもある。地に立脚し、市場性も兼ね備えた方法論である。
それは今でも版数を重ねているジャズ本の著者がその内容を加筆・充実させていくこと。それである。
入門書やエッセイでもその内容が普遍的価値をもつならば
その内容についての深い論証が、ゆるぎない理論体系へと発展するのではと期待するからである。
例えば後藤雅洋氏の名書「ジャズオブパラダイス」は、モダンジャズの本質的な部分が述べられている。
そのこととクラシカルなジャズの一般的な定義との乖離の補完や、「迫真性」が表象として希薄であるビルエバンス等への言及
(「迫真性」への意味付けについての論考)が必要であろうと考える。展開形は幾らでも存在するであろう。
このような事例として発展すればいいなあと思うのが村井康司氏の著述等である。

以上が私の精一杯の建設的な考察である。I'm so tired
次回エッセイは無論ポップ路線だ。


-----------------------------------------------------------------------

「ファニーな情報」 2002/11/19 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

マスターから厳しい経営状況を聞いている。
それほどにジャズ喫茶を経営することは大変なのだと身にしみて実感する。
このサイトもいつまで持つかわからない。一生懸命書かなければ。
で、ファニーな情報。(笑)
先日、吉祥寺の偉大なるジャズ喫茶「メグ」に行った。アンプが木下に変わってジョージアンが本領をだしていた。
向かって右のスピーカーに[Wedding Ring Shop]と印刷されているプレートがある
以前から結婚指輪販売もしていると思っていた。
で、番頭のギタリスト新井さんに聞いた。そしたら
「マスターがスピーカーの上が寂しいんで飾りで置いたんだよね。」だって。
さすがメグである。脱帽。なんか原美術館のショップあたりでオブジェを買ってプレゼントしようかな。



-----------------------------------------------------------------------

「インパクト重視への警鐘」 2002/11/12 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

このところディープなネタが多くて読者の方にご迷惑をかけている次第である。
ポップでファニーな話題は来週ということにして、今回はインパクト重視の音楽が幅を利かせすぎていることについての警鐘を
本ページにアクセスしてくれるわずかな読者に伝達したい。
「インパクト」
コンビニエンスストアの弁当やペットボトルのお茶もそうだし、テレビの音量レベルもそうなのだけど
昨今のありとあらゆるもののコントラストが強すぎる傾向にある。
それでいて浸透しない。味でいうと栄養価がないということになる。
そのことは音楽演奏でも散見できるのだ。
ライブでのトランペッターのハイノートがその代表格。客受けするのが相場である。
ハイノートトランペッターはほとんど「自己表現」という観念を持ち合わせていないで、曲芸的な意識でハイノートを演じているようにみえる。
まあテンションの高い人から「楽しいからいいだろうが」といわれればそれまでである。
しかしどの芸術でもそうだが、大体においては時のジャッジメントにより曲芸的な手法の陳腐化性は実証できるものだ。
ジャズ喫茶のリスナーを見ると一目瞭然である。みんなクール。「so what?」って感じだ。
そのリスナーもいざライブに行くとニヤケタ顔で「ヘイ!」とか言うから参る。「通」ほどそれをやるから笑う。
私はハイノートで「自己表現」できる人は前期のディジーガレスピーしか思い浮かばない。「自己表現」の定義で食い違うかもしれないけど。
真のトランペッタ-は一音一音に絶対的な責任性を与えて音を放つ。それは音量や音程に左右されない毅然とした普遍性を備え持つものだ。
リアリティの追求が時として本来重要であるものを見失うことがある。そのことを述べたかった。

@Grooveの音質はインパクト重視か?いえいえそれがマスターの完全なる自己表現だ。


-----------------------------------------------------------------------

「静寂のスペック」 2002/11/5 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

3,4と祖母の米寿でまたしても北海道に帰った家族主義の筆者だが、財務上正月には帰れまい。
ただし一つ開眼したことがある。
静寂のスペックなのである。僕の実家はいわゆる「田舎」であり田んぼに囲まれている。
夜、このごろ散歩をさせてもらえていない可愛そうな犬の太郎を撫でに外へ出たとき
都会とは違う静寂感を確認できたのである。気温は1℃。数百米先のライスセンターの動力音だけがかすかに聴こえる。
周りは圧倒的に密度が低い。天体目視の解像度は都内と比較すれば圧倒的である。他の音は犬の吐息のみ。
陰影礼賛ならぬ静寂礼賛だ。
この静寂感は田舎ならではのものである。なかなか東京では味わえることはできない。
楽器練習用の防音室内の静寂は虚構であるように思えてならない。
ただ、オーディオメーカーではその得もいわれぬ静寂を演出しようとしている果敢なメーカーがあるのだ。
ジェフロウランドやマークレビンソンがその中の最右翼だと思っているが。
ジャズ喫茶郡で「静寂」を確認できる店としては四谷のいーぐるが有力である。新譜のラインナップと同様、機器も精度抜群だ。
雑音がはびこる中で静寂を演出しようとするオーディオ屋のプロ根性は、安易な「無音」を超えるスペックを叩き出す。
それは定量的に把捉できないものなのだが。
特定は避けるが、静寂の「熟聴」はバカげたすぐ飽きるとわかるマスターベーション音楽を聴くより百倍マシである。
一方、@Grooveは静寂よりは「ジャズマン」の心を照射することを重要視している。と僕は思っている。


-----------------------------------------------------------------------

「@Grooveオーディオ考」 2002/10/29 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

先日マスターから聞いたが@Grooveの音質について賛否両論あるようである。
2chでバカにされているとのことだ。(涙)。ただ良いと言ってくれるファンもいるとのこと。
耳の良い奴に言わせると「ある帯域」のピークが凄くてマスターの耳はどうかしているとのことだ。
私の場合は否、ソロ回しが多いジャズなんぞはフラットって何?って感じである。
ミンガスのリーダーのレコードは大抵、中低域がファットである。ブルーノートもそうだ。
フラット至上主義者は、バイクで例えるとシングル一発はダメダメで、全部マルチのブラックバードじゃないとダメだといっているに等しい。
マスターはシングル400に奥さんを乗せて全国を旅していたのである。
だから、@Grooveでは癖のある単気筒クラシックバイクを見物、試乗するかの如く楽しんでください。
マルチアンプでシングルを演出する粋なマスターに乾杯
(バイク乗りしかニュアンスわからないかも 謝)


-----------------------------------------------------------------------

「はるかなる段階へ ジャズ茶房マイルス」 2002/10/22 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

わたしがベイシーと同様、尊敬してやまないジャズ喫茶が都内に数件ある。
その中の一つが明大前にある「ジャズ茶房マイルス」である。
夜のみの営業だが、茶房に相応しいコーヒーはもちろん温められつづけられている。
意図的に50年代から60年代のアナログレコードをかけている。
かかるレコードのクオリティは最上級である。
ミュージシャンにも厳しい。
ミシェルサルダービーを一蹴。「レコードあげちゃった。」
ママはマイルスデイビスを愛しているのだが、それでも後期のマイルスは「レコードあげちゃった。」
ママの好みだといわれればそれまでかもしれないが、なんともかかる音楽の強度というかなんというか
モダン・レトロの空間に絶対的な音楽が流れ続けているのだ。
casa brutusかpenあたりが取材しそうである。モダン・レトロは演出でなく40年前と同じ[REAL]なものだ。
昔、ジャズの論争が流行っていたとき、ママの圧力はすごかったらしい 恐怖。
昔を知る、これまた凄みのある女性客の方が@Grooveで語ってくれた。
ハードバップに嫌気のさしたマイルスとそれを信じる衆愚達。それは現代の羊のドリーみたいだ。
ハードバップを流し続けるジャズ茶房マイルスは時代に逆行する。マイルスが新しい地平へと切り開いていったかのように
ママはレコード達と一緒に前人未到の領域に行っているのではないか。履きつぶしたプレーヤー4台。はるかなる段階へ。


-----------------------------------------------------------------------

「Jazzy なパソコン IBM R32 2658-BRJ」 2002/10/15 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

つい最近購入したノートパソコン 「IBM R32 2658-BRJ」は私のお気に入りの道具の一つである。
まず概観がマイルスチックなのである。去年か今年グッドデザイン賞を受賞した他のIBMの機種よりデザインが好きだ。
デザイン上の特質はアームレストのエッジの部分が尖っておりセクシーであること。
このタイプのデザインはあまり少ないらしい。
あとはおなじみアメリカンインダストリアル風の黒々としたイメージ。ここがエレクトリックマイルス風。
機能的にはIPアドレスの変更ツールが純正であることだ、わたしは職業柄3つのネットワークに本PCを接続する必要
があるので便利である。つい先日も会社のインターネット回線のスピードアップ化にてルータ設定に効力を発揮した。
あと知られていないのが液晶画面のトップから微光を落とすファンクションがあることである。
これはプレゼンテーションの際、パワーポイント等で説明するとき、キーボード周りが真っ暗になる状況に対応したもの。
意外にブラインドタッチができる人でもファンクションキー等はタッチできなかったりする。わたしも同様。
エスケープキー等も確認できる、緊急時、停電時にも威力を発揮するものと思う。
弱点としては、やはり画質であろう。XGAということもある。ただし私はその部分にはあまり気にしない。
私は使用用途をビジネス50%、遊び50%として考えている。遊び100%なら問題があるかもしれないが画質の向上は
一般論だが電力消費量や寿命にボディーブロー的に影響を及ぼしかねない。
使用感としてはキーボードはピカ一なのはいうまでもないが、私はポイントパッドフリークでもある。だからポイントパッドで
Photoshopをハンドリングできる。従ってマウスも必要ない、この部分は個人的主観であろう。
私の会社の「主幹」にいわせるとアタッシュケースを開けるような2個あるレバーがいただけないとのことである。
なるほどVaioはレバーが中央に一つあるがフックは2つである。片手でディスプレイを開けることができない。
他にも長所や短所があると思うが、この粗探しは愛着のあるジャズマンを分析しているみたいで楽しい。

-----------------------------------------------------------------------

「好みのジャズ本」 2002/10/8 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

現在はほとんど読んでいないジャズ本だが、熱が冷めても記憶に残る本がある。
個人、個々人の好みであると思うが、絶対にお勧めできると思う。
市岡 仁 「チャーリーパーカーの音楽」後藤雅洋 「ジャズオブパラダイス」
寺島 靖国「ジャズリクエストノート」「ジャズある記」
私のジャズへのエントランスは「ジャズオブパラダイス」である
「ジャズリクエストノート」では美意識を。「ジャズある記」では人生を。
「チャーリーパーカーの音楽」では著書自体が醸し出す戦闘的な気迫を
学ぶことができた。
今現在の後藤氏、寺島氏の著書は私にはマッチしない。パワー、勢いの低下は
著者ご本人も自覚されていることだと確信する。
市岡さんは若くして死去した。藤岡 弘に似ているとび職でもあった。
先のお二人のような信奉者やとりまきもいない、生き方自体がジャズしてた人だった。

-----------------------------------------------------------------------

「ケニーバレルとくつろぐAM0:00」 2002/10/1 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

会社に長く居ると、気が重くなる
そんな感じだから家に帰り、怠惰な気持ちで夜番組を夜明け迄見続けて次の朝後悔したりする
だから、僕は極力部屋を綺麗にしようと心がける。
間接照明っぽくして演出したりする。
部屋の大きさは5畳だが。
で、今聴いているのがケニーバレルのコンコード版である。
こういう音楽を聴ける自分に自己満足する。酒もうまい。
テレビを見るよりゆっくり時間が流れていく。
立ち昇る音楽とくつろぐAM0:00
この時間を長期連休と位置づけよう。(?)
このエッセイを書いた3日後にはまた部屋、ちらかっているのだろうなあ

-----------------------------------------------------------------------

「Keep Going Jazz Spirits」 2002/9/24 by site manager Jazz Otaku

-----------------------------------------------------------------------

レコードセールス上、現在、ジャズは衰退期である。
ジャズ評論家の方々も懸命にジャズシーンを盛り上げようとしている。
だが、ムーブメントにはならないでいる。それは何故なのだろうと考える。
それはいわゆる心情移入的な「ジャズおたく」がいなくなったからだと思う。
「ジャズおたく」がクールぶって「おたくではない」と取り繕うとする傾向がある。
「わたしはジャズおたくだ!」という気概がなければジャズは発展しないと考える。
昔、学生運動が盛んだった時期とはまったく逆の現象である。
集団心理は怖い。
ジャズファンが薄くなってしまって一般的な「音楽ファン」になりつつある状況だ。
それが時代の流れか? 多分そうであろう。
ただし、ジャズマンの人生を聴き取るような臭い聴き方も厳然と存在するのだろうと思料する。
この聴き方がムーブメントになればいいのにと思う。この部分での集団心理は大賛成。
待てばきっとやってくる。普遍のムーブメントが。CDショップは人生劇場のインデックスだ。

-----------------------------------------------------------------------

「ナイスな情報」 2002/9/17 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

エッセイを立ち上げてから、アクセスカウントも順調に推移している。
ただし時としてネタに困ることがある。今がそうだ。
BBS活性化案(笑)を披露しようと思ったがちょっとつまらなそうなので
本日は携帯電話が安い店をお伝えしようと思う。
9/16日現在でN504iが新規で\4,800-の店がなんと吉祥寺のジャズ喫茶「メグ」の下にある。
私はそこでP504iを新規購入した。Pは7,800-だったが手数料、税すべて込みで\11,340-だ。
kakaku.comより3,000円安いざんす。
さすがメグといった感じである。常に話題を提供する。
もしかしてメグでは結婚指輪を売ってたりしてるから実は安いのかもしれない。
番頭さんから携帯番号を教えてもらっているので、このエッセイがひと段落したらきいてみよう。
定価ならバイナラである。


-----------------------------------------------------------------------

「魂-SOUL」 2002/9/9 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

9月上旬、おぼん休みを取得し、サイト更新を遅らせてしまった。反省
このコーナーは毎日30人位の訪問者が来てくれる。
ちっぽけなことかもしれないが、僕は自分の生きる活力にしている。
帰省中、実家の北海道からスピーカーを東京のアパートに送った。
「クリプシュ heresy」という15年前位の大口径のスピーカーだ。
それまではというと、大口径はジャズ喫茶で聴く事にして、家では囁くようなイギリスのスピーカーで聴いていた。
「クリプシュ」で狭い部屋がますます狭くなった。
音も正直悪くなった。5年ぶりの稼動だし、やはり泥イのである。でもこれがジャズサウンドだ。
休みでは青森からバイクで激走して7hourで雨の中帰りついた。
ドブネズミになりながら、開き直り、思いついたことは「魂-SOUL」を感じたい。ということ
「クリプシュ」も少したてば飽きるのかもしれない。ただし充分に「魂-SOUL」を感じとることができる。


-----------------------------------------------------------------------

「しみじみとしたジャズ、重みのある「ポップス」」 2002/8/27 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

いま僕が自宅よく聴いている音楽は先のエッセイでお伝えしたルネグラモフォンのサイレント5.
あとウタダヒカルのdeep River 。ジャズがもう一枚でジェンスコーオルセングループの「セプテンバーベジェ」だ。
ジェンスコーオルセンのアルバムはHMVのバーゲンで500円でジャケ買いした。従ってマイナーアルバム。
しみじみとしていて大当たりである。してやったりである。ところがウタダはどうだ。
ヘビーである。僕はユーミン派か中島みゆき派かと聴かれると中島みゆき派と即応する人だ。
したがってウタダのヘビーな詩、メロディは好きだ。
通ぶった「セプテンバーベジェ」の方が軽くてほのかなのだ。ウタダヒカルはアルバムの曲を書いていたころ病気
だったらしいことを先日朝のワイドショーで伝えていた。なるほどなと思った。
ポップスっていう言葉をいよいよ懐疑的に思えてならなくなった。いまも朝の薄い光洋のようなセプテンバーベジェを聴いている。
それで耳を和ませたあと、詩で聴く「東京Nights」「嘘みたいな I Love You」を聴くことにしよう。

-----------------------------------------------------------------------

「ジャズ喫茶の総本山 「ベイシー」」 2002/8/20 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------
ジャズ喫茶にタムロするようになって11年経ったのである。
ジャズ喫茶の歴史と比較すると微々たるキャリアなのだが、それでもジャズ喫茶は変容している。
老舗の誉れ高いジャズ喫茶がレコードコンサートでディープパープルやエルビスプレスリーをかけている。
一方、ジャズ論壇では
昔ながらのハードバップだけしかきかないものを「アナクロニズム」とさげずんだりしている。
そういう「人の悪口をいうのが趣味」の人の話を聴かない方がよい。ハードバップだけしか聴いていなくても
それがその人の一生の楽しみであれば、それは真実だからである。
トレンドウォッチャーであれば話は別だけど、それだとジャズを聴いているアイデンティティがないかなあと僕は思う。

わたしが一番尊敬するジャズ喫茶は「ベイシー」だ。(@grooveマスターすいません!)
常にコルトレーン、エリントン、ベイシーといった「通」がかけないレコードを大上段で大音量でかけ
かつ客は満員である。
売上があがらない理由でロックとかをかけるのはしょうがないが、ベイシーにはそういう悩みがない。
一方@Grooveはお客は少ないがジャズしかかけない。これがジャズマンの典型。

-----------------------------------------------------------------------

「ロンカーター "ピッコロ"」 2002/8/13 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

このまえアットグルーブでロンカーターの昔のアルバム「ピッコロ」を聴いた。
ロンカーターがピッコロベースを弾いているものだ。
僕のロンカーターの印象はメディアとのつきあい方が上手なビジネスジャズマンなのだが
特に「ピッコロ」を聴くとそういう余計な口上を言わせない気迫の演奏が聴き取れる。
さらにいいことにアットグルーブのアルテックのスピーカーで聴くとこれがまた最高なのである。
吉祥寺のジャズ喫茶「メグ」の低音は下っ腹にドスンとくるのであるが
アットグルーブでの「ピッコロ」は尾てい骨に心地よく響く感じである。
「メグ」は新旧問わずあらゆるソースに「ドスン」を提供する。
アットグルーブの音響は50年代から70年代に作成されたレコードにフィットしていると僕は思っている。
ハイエンドオーディオファンの方は是非アットグルーブで「ピッコロ」のリアリティを堪能してもらいたいと思っている。
久々に濃い血の通った音が聴けるはず。
若いケニーバロンが弾いている。ライナーノーツに書かれているケニーのコメントが泣かせるジャズオタク垂涎の1枚である。

-----------------------------------------------------------------------

「ルネグラモフォンで部屋を演出」 2002/8/6 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

渋谷のビジネスパーソンに吉報。先日、HMV渋谷店に行ったら閉店時間がPM12:00になっていた。
J-POPのある一階はAM4:30迄やるらしい。凄い。
そんなHMVで見つけた最近の好きなジャズレーベルがある。
「ルネグラモフォン」というノルウェイのミュージシャンを集めたレーベルである。ECM系列の新進レーベルだ。
従ってクラシックファンやジャズファンなら音のイメージが判ってくると思うのだが。
ある種無機的なサウンドが多くを占めるレーベルである。
このような音楽は五万とあるのだけども、統一されたジャケットのパッケージデザインや
録音のクオリティの一貫性が優れており(ECM似)、アーティストというよりはレーベルを聴くといった心情だ。
ビートの無いサウンドが多いので毛嫌いする人も多いかもしれない。
だが私は部屋を上品に演出するツールとしてこれらの音楽を聴くことにしている。
安藤忠雄の本を読みながら聴くとハマル。無機的なサウンドと日常空間とのコントラストを意識することにより
心に広がりが生まれてくるのだ。
今、私が聴きこんでいるのがSupersilentの5である。後半正直飽きるが、ずっと聴いているので他のアルバムに手を出す日はいつであろうと考える。
聴く枚数より感動体験の時間にプライオリティを置くわたしとしては経済的。

http://www.runegrammofon.com/


-----------------------------------------------------------------------

「ジャズの定義」 2002/7/30 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

「ジャズ」を深く飽きずに楽しもうとするばかり、思わず「ジャズ」に関する書籍を多めに読んでしまう癖があった。
今でも「ジャズ」ってなんだろうと思ったりする。
その訳は世間で売れている「ジャズ入門書」にもデュークエリントンが入っていなかったりするからだ。実にいい加減である。
そのような訳だから人は必然的にそれぞれの「ジャズ」の定義を持つようにあいなる。
レコードショップも購買者に対してわかりやすくラインナップを提示するために「ジャズ」のカテゴリーを設けている。
で、僕が内に秘めていた「ジャズ」の定義を恥ずかしながら述べたい。

"芸術的意志をもつマイナーレーベルが出している文化を感じさせる普遍的で飽きない音楽"。

このエッセイで僕は仲間を募集したいのだが、なかなかみつかりそうにない。
何故ならみんなジャズの定義が違うからだ。
「定義の不必要〜レコードショップやメディアにお任せします!」という定義もある、
街で聴いた音楽を自然に聴き取り、自然に好きになるのが理想だが、それは音楽を流す企業のマーケット戦略に見事にはまっていることにもなる。
そのような理屈を考えながら荒野を一人歩く雰囲気なのだけど、それはそれで自分のジャズ感に似ているのかもしれない。
そんな僕を応援してくれる本がでた。「ヨーロッパのジャズレーベル」という本だ。
著者は澤野工房という日本で頑張っているレーベルを全く紹介しないスイングジャーナルのゴールドディスク選考委員の方である。
その部分の追求は2チャンネラーの知見にまかせよう。
なにはどうであれ「ジャズ」をアートとして素直に大切なもの、普遍的なものとして捉えている内容のものだ。
紹介されいてるCDのジャケットは美しいものが多く、製作関係者の美意識と心がダイレクトに伝わる。ジャケ買いしたい感じである。

-----------------------------------------------------------------------

「わたしの中の HMV 対 TOWER」 2002/7/23 by site manager Fukuchi

-----------------------------------------------------------------------

わたしがよく行くレコード店は月並みだがHMV渋谷店とTOWERレコード渋谷店である。
ほぼ同じ比率で買い物をしているのだが今年に入ってからHMV渋谷店へ出向く回数の方が多くなっている。
HMV渋谷店ではレーベル別にレコードが陳列されていたりする。TOWERレコードでは最近迄サッカーワールドカップのテーマが!!
わたしは音楽も服や車と同じでブランドで楽しむ。ブランドのホームページを散策し、そのポリシーとアーティストの相性とかを勘ぐるだけで
楽しいし、愛着が深まるのである。その愛着がより一層音楽の理解につながる。
そのような意味でHMV渋谷店が好きである。
ではなぜディスクユニオンには行かないのだろうか、ディスクユニオンはジャズ専門店とかもあり歴史もあり尊敬できる店だ。
レーベル別でも陳列されてあるのに.....。
やはり、これはHMV渋谷店の天井高にあるのかなと思う。スターバックスもそうだけど天井高の高さはなにかしら
心が落ち着く気がするのである。あとはPM11:00迄開店しているという凄さもある。
しかもHMV渋谷店のジャズコーナーはシックなテイストの内装だ。音響についても音自体は上質である。
あと担当者のセンスのよさ。セレクトショップ「アメリカンラグ・シー」のコンピレーションを試聴後思わず購入した。
このサウンドを聴くと「アメリカンラグ・シー」さんにはすまないが「コンランショップ」か「カッシーナ」にいる気分になる。

しかしジャズファンのくせにメジャーな店ばかり好きになることに罪悪感を覚えてしまうのもたしかである。
そもそもモダンジャズはマイノリティから生まれた音楽だ。その事実を事実として捉えることにしよう。そして
渋谷の小さなジャズレコード屋さんJaroとかいろいろなところにも足をはこぶことにしよう。 @grooveも。